二〇一四年 水無月 十日 火曜日■ 折り紙カミソリ [/links]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 紙の縁で指を切ってしまうことがある。これを英語で paper cut と言う。指が切れるならひげも剃れる、と思ったのかどうか知らないが、Nadeem Haidary というデザイナーが、紙でできたカミソリを作った。しかも、平坦な状態で販売されて、買った人が折って組み立てるのだという。 An Origami Razor Uses the Power of Paper Cuts To Shave この記事でも疑問視されているが、本当に剃れるのだろうか。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一四年 皐月 卅一日 土曜日■ 原発と核武装・その3 [/links]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 その2から続く。 その東海再処理工場は、1974年に完成したが、やはりトラブル続きで、77年から稼働する予定になった。そこに米国が待ったをかけた。68年に結んでいた日米原子力協定をたてに、日本が兵器級のプルトニウムを手に入れることを防ごうとしたのだ。しかし、日本は純粋なプルトニウムを得ることにこだわった。最終的に、いくつかの条件付きながら、米国は日本がプルトニウムを単体で取り出すことを認めた。そして77年11月、日本はついにプルトニウムを抽出し、「潜在的核武装能力を持った」。 現行の日米原子力協定は、1988年に結ばれている。これは、30年のあいだ、天然ウランの濃縮から、使用済み燃料の再処理、プルトニウムを使った核燃料の生産までを日本に認める内容であり、当然米国内では反対があったが、中曾根政権とレーガン政権がこれを成立させた。日本は、非核保有国としては唯一、プルトニウムを取り出して使用できる国になった。「日本は核なき核大国となった」。 有馬は、「それを使うにせよ、使わないにせよ、カードは持っておく必要がある」と述べ、日本は潜在的核戦力としての原発を保持するべきだと示唆している。確かにそれは1つの見識だ。さらに言えば、日本が原発を保持すべきそれ以外の理由は、私には思いつかない。とは言うものの、日本の原子力の歴史は、隠蔽の歴史でもある。トラブルや事故が多く、それらがことごとく隠蔽されてきた。世界の原発保有国でメルトダウンを起こしたのは、旧ソ連と日本だけだ。官僚が支配しガバナンスが欠如している国が原発を稼働させることが極めて危険であることは、事実によって証明されている。 有馬が指摘するように、現在の日本では、プルトニウムが余っている。そして、これは有馬が述べていないことだが、現在のプルトニウムの量は日米原子力協定の改定の条件を満たしていないと言われている。協定の改定時期は2018年に迫っている。それまでにプルトニウムを減らさない限り、改定できないか、少なくとも改定が難航する。改定できなければ、米国からウランを輸入することはできない。日本政府が原発を再稼働しようとする短期的な理由は、ウランとプルトニウムを混合した MOX 燃料を原発で消費することで、プルトニウムを減らしたいからだ。 一方の米国は、今年1月に、日本に対し兵器級プルトニウムの返還を要求した。これは、日本が兵器級プルトニウムを大量に保持していることを国内外に認知させるとともに、日本に対して核武装(あるいは原発)をあきらめろというメッセージを送ったと理解すべきだろう。日本の核武装をめぐる日米の綱引きはまだ続いている。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一四年 皐月 廿九日 木曜日■ 原発と核武装・その2 [/links]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 その1から続く。 そうしてできたのが東海原発だが、日本は英国と違って地震国だ。東海原発は設計段階からトラブル続きで、しまいには日英関係もぎくしゃくする。そのあたりの経緯は、日本ではほとんど隠蔽されているが、英国の公文書から分かる。いずれにせよ、英国から継続的に協力を得られる見込みはなくなった。プルトニウムについても、米国の意向によって国際的に IAEA が管理することとなり、日本の自由にならなくなった。 1950年代にはソ連も日本に原子力技術の提供を申し出ていたが、英国ならともかく、ソ連の核技術を日本が取り入れるのは、米国が許すはずがない。そのため日本政府は核武装を当面あきらめざるを得なかったが、1969年9月に外務省が策定した「わが国の外交政策大綱」には「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」と明記されている。60年代終わりから70年代前半の原発建設ラッシュには、そういう背景がある。 また、当時は日米貿易の不均衡是正が求められていたため、日本が米国から濃縮ウランを輸入するのは、日米双方にとって都合がよかった。1972年の田中ーニクソン会談で、後のロッキード事件につながるエアバスの購入が決定されるが、それと同時に、当時の必要量の13年分にあたる濃縮ウランの購入も決まっている。もちろん、日本にとって、エアバスよりも濃縮ウランの方が優先度が高かった。 しかし、濃縮ウランを他国から買うのでは、有事に核兵器を作ることはできない。日本は、濃縮ウランだけでなく、ウラン鉱石とウラン精製設備の輸入を申し出る。ウラン精製設備は日米が出資して米国に作ることになったが、日本は大量のウラン鉱石を輸入することになった。並行して、東海村では再処理施設の建設が進んでいた。そのころ、日本は核不拡散条約に調印はしていたが、国会での批准はしていなかった。有馬は、「田中がアメリカの逆鱗に触れたとすれば、」これらの動きが要因だろうと指摘している。ロッキード事件も、核武装を目指す日本とそれを防ごうとする米国という構図で理解するべきなのかもしれない。 その3に続く。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一四年 皐月 廿五日 日曜日■ 原発と核武装・その1 [/links]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 有馬哲夫著『原発と原爆』 原子力発電の是非については、特に福島第一原発事故の後、盛んに議論されているが、1つ抜け落ちている視点があるように思う。有馬が言うように、「原発は、単なる電力生産工場ではない。それは、・・・外交や安全保障とも深く結びついている。」もっとはっきり言えば、原発には「核武装との歴史的で分ち難い結びつき」がある。実際、原発が安全でなくコストも高いことがはっきりした今になっても日本政府が原発を再稼働しようとするのは、核武装の観点抜きには理解できない。 1954年3月、ビキニ環礁近くを航行していた第五福竜丸が死の灰を浴びた。これによって、日本では反核の世論が盛り上がり、それは反米運動に移行していた。日本に反米の気運が高まれば、当然ソ連が黙ってはいない。米国は日本の共産化を恐れた。 そこで、讀賣新聞の社主であり日本テレビの社長であった正力松太郎が原子力平和利用のプロパガンダを手伝うことを米国に申し入れるという動きもあったが、それについては有馬哲夫の『原発・正力・CIA』 米国側の動きとしては、広島に原発を作ろうという提案があった。これは結局実現しなかったわけだが、その理由の1つとして、米国が結ぼうとしていた協定の中で、発電で生じたプルトニウムの返還が条件となっていたことが挙げられる。広島で作られたプルトニウムを米国に戻して、それで核兵器を作ったのでは、かえって日本の反米感情を強めることになる。かといって、日本にプルトニウムの所持を認めるのは、安全保障上望ましくない。 正力はその後政界に入り、日本に原子力発電所を作るよう米国に働きかける。かつて NHK が、日本の原発は米国の働きかけでできたという趣旨の番組『原発導入のシナリオ』を放送したが、実際には、原発を望んだのは日本側だった。ところが正力は、米国に対し、協定の中からプルトニウム返還の条件を取り除くよう要求した。正力が本当に欲しかったのは、原発ではなくプルトニウムだったのだ。 米国は、もともと日本に原発を輸出するつもりもないのに、プルトニウムを返さないと言われたのでは、ますます日本に原発を売る気にはならない。そこで正力は、英国から原発を輸入する話を進めることで、米国にプレッシャーをかける。実際、日本は初めての原子炉を英国から輸入することになる。プルトニウムは、いったん英国で再処理されるが、両国協議の上日本が買い戻すことができるという条件だった。 その2に続く。 羽鳥さんのコメント: [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一四年 睦月 廿三日 木曜日■ 自然数の濃度が -1 であり総和が 1/3 であることの「証明」 [/links]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 先日の記事で、自然数の総和が -1/12 であることの直感的な「証明」を紹介した。これは実際には証明になっていない。収束しない無限級数を収束するかのように扱っているからだ。そのトリックを使ってよければ、いろいろな偽証明ができるだろう。私は以下の「証明」を思いついた。 自然数の濃度(個数)は 1 + 1 + 1 + ... で求められる。これを C とする。また、自然数の総和 1 + 2 + 3 + ... を S とする。 C と S を足すと、C + S = 2 + 3 + 4 + ... である。それを S から引くと、S - (C + S) = 1 + 2 - 2 + 3 - 3 + ... となる。左辺では S と -S が打ち消しあい、右辺では 2 以降のすべての項が消える。したがって、-C = 1 すなわち C = -1 が得られる。つまり、自然数の濃度は -1 である。 次に、S を変形して、S = (1 + 0) + 2 + (1 + 2) + 4 + (1 + 4) + ... とする。つまり、n が奇数なら 1 と n - 1 に分け、n が偶数ならそのままにする。ここで S - C を計算すると、S に含まれる 1 が全部消えるので、S - C = 0 + 2 + 2 + 4 + 4 + ... = 4 + 8 + 12 + ... = 4S となる。C = -1 であったから、S + 1 = 4S すなわち S = 1/3 となる。つまり、自然数の総和は 1/3 である。 Σ記号を使って書いたらもっともらしくなるかと思ったが、逆にうさんくささが増しそうだ。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] |
カテゴリ
[/language] (98) 最新記事
◇ パスワードについてのあなたの常識はもはや非常識かもしれない・その1 [/links] |