二〇一八年 睦月 卅日 火曜日■ ニューラルネットワークとディープラーニングで翻訳はどうなる・その5 [/language]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 その4から続く。 機械翻訳に限らず、人工知能が人間の仕事を奪うのではないかという議論がよくある。機械翻訳についての私の考えでは、品質度外視のボランティアおよびそれに毛の生えたような翻訳は機械にとってかわられるとしても、プロの翻訳家の仕事がなくなることはないだろう。ただし、仕事の内容が変わる(あるいは変える)ことは避けられないだろう。 もちろん、自動車の自動運転でレベル4にあたるような、限定された領域での完全な自動翻訳では、人工知能が人間の翻訳者にとってかわることになる。その場合は翻訳家の仕事はなくなるが、それを実現できるのは、その領域で過去の翻訳が膨大に蓄積されている場合に限られる。 今の人工知能のアルゴリズムでは、領域が少しでもずれてしまうと、とたんにうまくゆかなくなるようだ。たとえば Google の画像認識では、黒人の写真に「ゴリラ」というタグがつけられてしまうという問題がある。これが話題になったのは 2015 年だが、いまだに解決できておらず、現在は「ゴリラ」というタグを削除している。 想像するに、白人の顔に最適化されたシステムでは黒人の顔をうまく認識できず、さりとて白人と黒人の両方に最適化されたシステムを作ることはまだできないということなのだろう。翻訳でいえば、特定のソフトウェアメーカーの製品に最適化された自動翻訳システムを作ることができても、それを別のメーカーの製品に使えるとは限らないということになる。 したがって、新しいメーカーや新しい製品に関する翻訳では、引き続き人手による翻訳が必須となる。ただし、その人力翻訳はますます機械翻訳で支援されるようになるだろう。現在広く行われている機械翻訳+ポストエディットも機械翻訳により支援された人力翻訳であるし、より効率的なシステムが将来できるかもしれない(私は翻訳者として、そういうものがほしいとつねづね思っている)。 ニューラル機械翻訳が登場する前は、欧米語同士の翻訳はともかく、たとえば英日翻訳では、機械翻訳の品質が低すぎて、人力翻訳を機械翻訳で支援しようとしても生産性は全く上がらず、むしろ下がるくらいだったが、ニューラル機械翻訳によって英日翻訳でも機械翻訳が翻訳支援として役立つレベルになった。 しかし、機械翻訳によって翻訳者の処理能力が向上すると、分量当たりの単価は低下する。機械翻訳の支援を利用しない翻訳者にとっては、単価の低下は単純に収入の減少を意味する。そのような翻訳者は生き残ることができないだろう。逆に、クライアントからすれば、分量当たりの単価が下がるのは大歓迎だ。しかし、あまり単価が下がりすぎて、翻訳者の時間当たりの収入が下がるようでは、優秀な翻訳者が仕事を断るから、訳文の品質が低下する。 これはよく考えれば当たり前のことで、機械翻訳を使っても翻訳をするのは人間だから、対価をケチればそれなりの品質しか得られない。そのため、クライアントがある程度の品質を求めるなら、単価はある程度の水準に落ち着くだろう。その水準は、翻訳者にとって時間当たりの単価がいままでと変わらないような水準であるに違いない。 もっとも、現実には、多くの場合クライアント(正確にはソースクライアント、つまり発注者)は訳文を読めないから訳文の品質を判断できず、いきおい単価が安ければ安いほどよいとなりがちだ。ただし、これは機械翻訳とは別の問題で、翻訳一般に対価は(品質も)下がる傾向にある。この方が翻訳業界にとって機械翻訳よりも大きな問題だろう。 |
カテゴリ
[/language] (98) 最新記事
◇ パスワードについてのあなたの常識はもはや非常識かもしれない・その1 [/links] |