blog.鶯梭庵

二〇一四年 皐月 廿九日 木曜日

原発と核武装・その2 [/links]

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その1から続く。

そうしてできたのが東海原発だが、日本は英国と違って地震国だ。東海原発は設計段階からトラブル続きで、しまいには日英関係もぎくしゃくする。そのあたりの経緯は、日本ではほとんど隠蔽されているが、英国の公文書から分かる。いずれにせよ、英国から継続的に協力を得られる見込みはなくなった。プルトニウムについても、米国の意向によって国際的に IAEA が管理することとなり、日本の自由にならなくなった。

1950年代にはソ連も日本に原子力技術の提供を申し出ていたが、英国ならともかく、ソ連の核技術を日本が取り入れるのは、米国が許すはずがない。そのため日本政府は核武装を当面あきらめざるを得なかったが、1969年9月に外務省が策定した「わが国の外交政策大綱」には「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」と明記されている。60年代終わりから70年代前半の原発建設ラッシュには、そういう背景がある。

また、当時は日米貿易の不均衡是正が求められていたため、日本が米国から濃縮ウランを輸入するのは、日米双方にとって都合がよかった。1972年の田中ーニクソン会談で、後のロッキード事件につながるエアバスの購入が決定されるが、それと同時に、当時の必要量の13年分にあたる濃縮ウランの購入も決まっている。もちろん、日本にとって、エアバスよりも濃縮ウランの方が優先度が高かった。

しかし、濃縮ウランを他国から買うのでは、有事に核兵器を作ることはできない。日本は、濃縮ウランだけでなく、ウラン鉱石とウラン精製設備の輸入を申し出る。ウラン精製設備は日米が出資して米国に作ることになったが、日本は大量のウラン鉱石を輸入することになった。並行して、東海村では再処理施設の建設が進んでいた。そのころ、日本は核不拡散条約に調印はしていたが、国会での批准はしていなかった。有馬は、「田中がアメリカの逆鱗に触れたとすれば、」これらの動きが要因だろうと指摘している。ロッキード事件も、核武装を目指す日本とそれを防ごうとする米国という構図で理解するべきなのかもしれない。

その3に続く。

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羽鳥 公士郎