二〇一二年 神無月 廿三日 火曜日■ 折り紙の短編映画 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 origami-l で Ilan さんが紹介していた。 折り紙作品のデザインは神谷さんの作品を参考にしているようだ。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一二年 葉月 廿六日 日曜日■ 折り紙の講習と著作権・その2 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 その1で、音楽教室に関する著作権が曖昧であることを指摘した。しかし、はっきりしていることもある。音楽教室では楽譜をコピーしてはいけない。生徒が1人1部ずつ楽譜を買わなければならない。これは法的には明確だが、実際には著作権に関する意識が低い人がいて、今でもコピーが横行しているらしい。 折り紙についても同様で、折り紙を教えるのに折り図をコピーしてはいけない。しかし、実際には児童館などでコピーが横行しているらしい。こんなところまで音楽と似ている。 そうは言っても、折り紙と音楽には違いもある。音楽の場合、楽譜を1曲単位で買うことができる。ところが折り紙の場合、作品ごとの折り図が買えるということはめったにない。折り紙の本には、たいてい数十点の作品が掲載されている。その中の1つか2つの作品を教えるのに、受講者全員が本を1冊ずつ買わなければならないとするのは、個人的には要求が厳しすぎると思う。 音楽の場合、楽譜が1曲から買えるのは、それだけの市場があるからだ。折り紙でそれをしようとすれば、印刷物による出版ではコストがかかりすぎるだろう。しかし、今ではデジタル出版のコストが下がっているので、音楽における iTunes のような折り図販売システムを作ることが可能だろう。これが実現すれば、創作者は胸を張って「折り図を買ってください」と言えるようになるだろう。 ただし、学校の授業では、教えるための複製が認められている。とは言え、音楽の教科書を丸ごと1冊コピーすることはできないし、スコアリーディングを教えるためにオーケストラのスコアをコピーするというのも駄目だろう。日本の著作権法では、学校の授業における複製には「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」という但し書きがついている。 米国の著作権法では、教えるための使用は "fair use" に含まれるとされる。そのため、法律上の規定はなく、やはり日本と同様に各種の事情を勘案することになる。その考慮事項の1つとして、おおむね出版物の10%までコピーできると言われることが多い。この条件は絶対的なものではなく、他の事情と照らされることになるが、たとえば学術雑誌の論文を1本丸ごとコピーするというのは、大抵の場合問題にならない。本の1章丸ごとだと、ボーダーラインになる。 これを折り紙に当てはめれば、学校の授業ならば、本の中から1つの作品の折り図を丸ごとコピーするのは問題ないということになるだろう。ただし、クラブ活動は授業に含まれないそうだ。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一二年 葉月 廿五日 土曜日■ 折り紙の講習と著作権・その1 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 先日、といっても1か月以上経ってしまったが、折り紙作品利用のガイドラインを作った。その後、折紙探偵団コンベンションで著作権について講習したり、折り紙の国際著作権会議があったり、origami-l で著作権の話題が盛り上がったりして、あのガイドラインを見直すことにした。 そう思って調べ直してみると、興味深いことに気がついた。折り紙においては、作品の講習をしてよいかどうかというのが問題になるのだが、著作権法には講習権のようなものがない。 通常の著作物なら、教えるときに、特定の著作物をお手本にすることはあっても、著作物を直接使うことはない。文章の書き方教室で漱石の「坊ちゃん」の書き方を講習するとか、絵画教室でモネの「睡蓮」の描き方を講習するということは、ほとんどない。 しかし音楽の場合、カラオケ教室とか音楽教室では、誰かが作曲した曲を使って教えている。折り紙教室でも、誰かが創作した作品を使って教えるのだから、音楽と折り紙は同じ構造をしている。創作された折り紙作品が著作物かどうかははっきりしないが、作曲された楽曲は確かに著作物だ。それならば、音楽教室で楽曲を教えることについて著作権の規定があってもよさそうだが、実際のところそのような権利は定められてない。また、JASRAC のウェブページを見ても、あるいは JASRAC の使用料規程(PDF)を見ても、音楽を教えるために使用するための手続きは見当たらない。 もっとも、カラオケ教室の場合、カラオケ装置を使って楽曲を演奏するので、カラオケボックスなどと同じ使用料が適用される。してみると、ピアノ教室やバイオリン教室でも、教えるためには楽曲を演奏するから、演奏権が適用されるのかもしれない。それにしても、使用料が規定されていないのは奇妙だ。 私が勝手に想像するに、これは著作権法の不備であろう。歴史的に言えば、著作権は出版された書籍を複製から守るものとして始まった。音楽について言えば、もともと著作権で保護されていたのは出版された楽譜であって、作曲された楽曲は後から著作権の体系にはめ込まれた。しかし、はめ込んだ後の地ならしがまだ不十分なので、音楽教室は法的に曖昧な状態になっているのだろう。法律に規定がなければ、JASRAC も使用料を請求できない。 音楽ですら著作権法にぴったりはまっていないとすれば、折り紙がはまらないのも当然だろう。 その2に続く。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一二年 文月 廿一日 土曜日■ 折り紙作品利用のガイドライン・たぶん完成版 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 折り紙作品利用のガイドラインは、2005年にベータ版を、2006年に FC 版を作成したが、それ以来ほったらかしになっていた。その間、国際著作権会議が何回かあったり、裁判になった事例やならなかった事例を見聞きしたりして、きちんと完成させておかなければと思っていた。 今週になって、作品の展示についての考え方がまとまったところで、最後のピースがはまった感じがして、以前のガイドラインをまとめ直した。 技術的な解説をしておくと、以前のガイドラインと同様、基本的には著作権法に沿って、折り紙の制作や講習には上演権を、作品の撮影には複製権を、折り図制作には翻案権をそれぞれあてはめているが、折り紙界の慣例に合わせて多少調整している。主な変更点としては、展示権と譲渡権の例外事項に対応する部分が加わったほか、読みやすさを考慮して簡略化している。 一応これを完成版としたいと思っているが、変更したほうがよいという提案があれば、ぜひお寄せください。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一二年 文月 十七日 火曜日■ 折り紙作品の著作権と展示権と譲渡権 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 一昨日の記事で、折り紙の作品の展示権について検討し、「制作者に展示権があると解釈することが妥当であるように思う」と結論した。それに対し、「もう少し検討が必要と思います」とのコメントをいただいたので、昨日半日かけて検討してみたところ、やはりこの結論には問題があると思うようになった。 制作された折り紙作品の所有権を考えた場合、展示だけでなく、所有権の移動そのものが問題をはらんでいる。著作物の所有権の移動については、著作権法第二十六条に譲渡権が定義されていて、著作者の許可がなければ作品を公に譲渡できないが、一度作品が正当に譲渡されれば、その時点で譲渡権は消尽するとされている。譲渡権が消尽しなければ、例えば写真集を買った人は、それを古本屋に売るときに、写真家の許可を得なければならなくなる。 したがって、美術の著作物は、一旦譲渡されると、その著作物の所有者が、著作者の許可なく作品を展示したり売却したりすることができる。 通常の美術作品や写真が対象である限り、これが問題になることはないだろう。通常の美術品の場合、原作品の最初の所有者は著作者と一致するに違いないから、最初の譲渡は、著作者あるいは著作者が委託した人が行うことになるだろう。写真の場合、発行に際して複製が行われるが、その複製は、著作権法第三条により、複製権を有する者またはその許諾を得た者が行わなければならない。どちらの場合でも、著作者があずかり知らないところで最初の譲渡が行われることはない。 ところが折り紙の場合、折り紙の著作権をどのように主張するにせよ、現行の著作権の枠組みにとどまる限り、私的範囲で折り紙作品を制作する際に創作者の許可を求めることはできないから、創作者の許可を得ずに折り紙作品を制作して友人にプレゼントすることを禁止することはできない。また、それを無理に禁止すれば、折り紙が窮屈になりすぎると思う。そうなると、展示権や譲渡権の規定をそのまま当てはめれば、創作者の許可なく制作された作品を受け取った人が、創作者の許可なく、その作品を展示したり販売したりできることになってしまう。創作者が一切制御できないような作品の展示や販売を許すことは望ましくない。 そのため、ここは著作権法の文面から離れざるを得ないが、一方で著作権法の精神は最大限に汲み取るべきだし、私としては折り紙の美術としての発展も望むので、譲渡権の消尽や所有者の展示権を否定することは好ましくないと思う。創作者と制作者両方の許可を受けて譲渡された作品に限り、所有者が展示または譲渡できるとするのが適当だろう。 では、制作者自身が展示する場合はどうか。この場合は、創作者に複製権か上演権があるとすれば、制作者が公に展示する場合には創作者の許可が必要だとすることができる。 その場合、折り紙コンベンションでの展示を許可する理屈が必要だが、折り紙作品の制作が上演や演奏に相当すると考えれば、著作権法第三十八条で、営利を目的とせず、かつ観衆から料金を受けない公の上演が認められているから、これを援用することができるだろう。折り紙作品の制作が複製だとした場合、本来は創作者の許可が必要だが慣例として認められているとすればよいだろう。 SNさんのコメント: [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] |
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