二〇一四年 弥生 九日 日曜日■ 折り紙ネタ続報 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 一枚の布を折って作るジャケット A Seamless Jacket Made From a Single Piece of Origami-Folded Fabric 軽くて風や水を通しにくいという利点があるそう。 一枚の紙から作る顕微鏡 A 50-cent microscope that folds like origami 落としても水没させても大丈夫だそう。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一四年 弥生 二日 日曜日■ 久しぶりに折り紙の話題 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 Lexus Design Award 2013 の受賞作品の1つ 紙の型で磁器を作る コニカ・ミノルタのキャンペーン Made from Origami 折り紙監修は某所だが・・・ コーヒー用折り紙スプーン kafolda 粉がこぼれることはないとのこと。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一三年 文月 廿八日 日曜日■ ジョン・モントロール著『Horses in Origami』に拙作「ポニーテールポニー」の折り図収録 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 John Montroll 著『Horses in Origami この作品の折り図は描いていなかったが、アニメーションを作っていた。Montroll さんにこのアニメーションを見てもらって、折り図を描いてもらった。 私のほかに作品を寄せているのは、Sy Chen、Evi Binzinger、Seo Won Seon、Robert J. Lang、Davor Vinko、Fabian Correa G.、萩原元、Jacky Chan、Roman Diaz、Peter Budai の各氏。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一三年 弥生 卅一日 日曜日■ 折り紙著作権の裁判で和解 [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 Sarah Morris というアーティストがいる。この人は、Robert Lang さんや宮島登さんをはじめとする数人の折り紙アーティストが創作した作品の展開図をウェブからとってきて、それに色を塗ったものを自分の作品としていた。折り紙の展開図にインスピレーションを得るのはよいが、いやしくもアーティストであるなら、自分で折り紙らしいデザインを考えればよいものを、他人のデザインをそのまま使うというのはアーティストの風上にも置けないと私は思う。そうは言っても、これらの「作品」は、折り紙作品そのものをコピーしているわけではないため、著作権の侵害にあたるかどうかは微妙であり、Morris 氏は Lang さんなどの抗議に対して、法的に問題はないと言い張っていた。 そのため、この件は米国カリフォルニア州およびニューヨーク州で裁判となっていたが、今月1日付で和解が成立した。和解内容は公表されていないが、和解条件の1つとして、Morris 氏の作品には原作者の名前と現作品の題名が明記されることとなった。 この裁判では、折り紙作品の展開図や創作されたものとしての折り紙作品に著作権があるかどうかが問題となったが、和解が成立したため、この問題について裁判所が判断を下すことはなかった。そのため、今回の一件は厳密に言えば判例には数えられないが、和解の条件の中に原作者の名前を明記することが含まれたことは、創作された折り紙作品の著作権を主張する上で大きな意味を持つように思う。 裁判というのは一般に費用も手間もかかるものだが、この件のように判例がない裁判となると、かなりの理論武装が必要となる。そのような中で折り紙コミュニティーに好意的な和解に至った Lang さんをはじめとする関係者に敬意を表したい。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] 二〇一二年 霜月 十九日 月曜日■ ジョン・ケージ的な折り紙とは [/origami]この記事は書かれてから1年以上経過しています。内容が古くなっている可能性があります。コメントの受付は終了しました。 今年はジョン・ケージ生誕 100 年に当たり、ケージの演奏を耳にする機会が多い。15日にも、大井浩明の演奏で『一人のピアニストのための34分46.776秒』と『易の音楽』を聞いた。すばらしい演奏であったと同時に、ケージ的な折り紙があるとしたら、それはどのようなものだろうかと考えた。 ケージと折り紙については、以前折紙探偵団のウェブサイトに書いたことがある。その文章を改めて読み返してみて、変更の必要性は感じなかったが、明確化しておきたい点(私自身、第1章を書いたときには誤解していた点)に気がついた。 『一人のピアニストのための34分46.776秒』と『易の音楽』は、偶然性を用いて作曲されている。『易の音楽』では、その名が示唆する通り、すべての音響が易経によって決められている。しかし、できあがる曲は全くでたらめではなく、どこを聞いても確かにケージの音楽になっている。それはなぜかといえば、ケージは構造を完全に捨て去ってはいないからだ。ただ、ケージの構造が、モーツアルトやベートーベンの構造と異なっているにすぎない。 ケージにとっての構造は、音高ではなく、時間に基づいている。例えば『一人のピアニストのための34分46.776秒』は、3-7-2-5-11 というリズム構造を持っており、各楽章の長さも同じ比率になっている。ケージは、どのような音を使うかを定め、リズムを定め、そうしてできた構造の中に、偶然によって音をはめ込んでゆく。 演奏家が全く音を出さないことで有名な『4分33秒』でさえも、構造は残されている。その証拠に、この曲は3つの楽章から構成されている。構造が残っているだけでなく、音も残っている。演奏家が音を出さなくても、音はそこにある。その音を時間に基づいて構造化することを、ケージは演奏家に対して求めている。それゆえ、『4分33秒』は確かに音楽作品なのだ。 音楽には、音が必要であり、音の構造が必要だ。そう考えると、『4分33秒』に相当する折り紙は、『風呂敷』のような折らない折り紙ではない。『風呂敷』は折り紙作品ではない。折らない折り紙は、折り紙ではないからだ。折り紙である以上、折りがなくてはならず、折りの構造がなくてはならない。 とはいえ、ケージは構造をできるだけ切り捨てようとした。ケージが折り紙をしたとすれば、設計折り紙のような折りの構造は切り捨てられるだろう。ただし、構造を減らすことは、折りの数を少なくすることとは別だ。『4分33秒』に相当する折り紙作品は、例えば、紙をくしゃくしゃに丸めて折り目を付けるというようなものになるのだろう。あるいは、師であるシェーンベルクから「作曲家とは言えないが天才的な発明家」と評されたケージであれば、偶然性によって折りをはめ込んでゆくことができるような構造を発明したかもしれない。 [この記事だけを読む。] [最新の記事を読む。] |
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