blog.鶯梭庵

二〇〇八年 如月 十四日 木曜日

We と「私たち」 [/language]

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日本でもアメリカでも、駅のエスカレータで、急ぐ人のために片側を空けて立つ習慣がある。歩く側をふさいでいる人がいるとき、たいていの日本人は、腹の中で悪態をついているかもしれないが、何も言わない。一方、本当に急いでいるアメリカ人は "Excuse us!" と言うことがある。

これはなかなか面白い表現だと思う。混雑しているところで人をかきわけて歩くときには "Excuse me." と言うが、これは自分1人を通してほしいと言っている。それに対し、エスカレータでは、自分だけでなく自分の前や後にいる人も通してほしいと思っているので、複数形にするわけだ。

このような "we" を日本語に訳すのは難しい。単に「通してください。」と言うと「私を通してください。」という意味になってしまうが、だからといって「私たちを通してください。」と言うのも変だ。たまたまエスカレータで私の前後に並んだ人たちを総称して「私たち」という表現を使うことには違和感がある。「みなさんを通してください」では、自分がその中に入らないので、強いて訳すとすれば「私とみなさんを通してください」ということになる。

英語の "we" は、単に「私を含めた複数の人」という意味だが、日本語の「私たち」には、「私とその仲間たち」というニュアンスがある。「私たち」は、私とあなたであったり、友達グループであったり、会社全体だったり、あるいは日本国民であったりする。英語の "we" にも同じ用法があるが、"Excuse us." のように「私とほかの人たち」という意味で「私たち」を使うことはほとんどない。

それはなぜかと考えてみるに、日本語には単数・複数の概念がないからというのが簡単な答えなのだろうが、加えて、日本では「私とほかの人たち」について何かを言うということ自体がほとんどないように思う。欧米人にとって、私と他人との区別は絶対的だが、日本人は、常に自分の仲間の範囲を設定し、私たちとそのほかの人たちとの区別を意識する傾向があるのではないだろうか。

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羽鳥 公士郎