blog.鶯梭庵

二〇〇六年 卯月 廿四日 月曜日

ユニット折り紙で糊を使うことについて

ユニット折り紙のユニットには、必ずと言っていいほど、ポケットと継ぎ手があって、継ぎ手をポケットにさし込むだけで、糊を使わずに組めるようになっている。折り紙一般について、はさみを使うことが好ましくないと考えられているように、ユニット折り紙では、糊を使うことは好ましくないと考えられているようだ。

糊を使わずにユニット同士を固定しようとすれば、摩擦力によって固定することになる。しかし、紙と紙を重ねただけでは、十分な摩擦力は生じない。ユニット折り紙が糊を使わずに形を保てるのは、紙が折られているからにほかならない。ユニット折り紙では、十分な摩擦力が得られるように紙を折る。つまり、紙を組むために折るということになる。

しかし、それだけでは、折りが手段にとどまっている。しっかり組めるユニットができたとして、それを組んで何かを作ったとしても、造形の主な手段が組みであって、折りはユニット同士を固定するという副次的な効果しか持たないとすれば、ユニット同士を糊付けしても、結局同じことではないか。造形の主な手段は相変わらず組みであって、ユニット同士を固定する手段として糊を副次的に使うわけだ。ユニット折り紙における折りが、糊と置き換えることができるようなものであって、造形の主眼が組みにあるのであれば、組みの手段が折りであろうと糊であろうと、どちらでもかまわない。その場合、糊を使わずに折るだけで組めるというのは、折り紙の中から見れば大事なことのように思えるかもしれないが、折り紙の外から見れば、単なる自己満足でしかない。折ることに必然性がなければ、折る意味はない。

吉澤章は、折り紙読本 Iの中で、貼り合わせたり組み合わせたりしてからはじめて個性の出るものは、複合形にはちがいないが折り紙とはいいがたいので、そういうものはモザイクであり、単なる紙細工ではないかと思います。と言っている。私もそれに賛成する。ユニット折り紙が、糊を使わず、折りだけで組めるとしても、それは折り紙であるための十分条件にはならない。

では、ユニット折り紙が折り紙であるためには、何が必要なのか。そもそも折り紙とは、はさみや糊を使ってもよいが、折らなければできない形、はさみと糊だけでは作れない形を目指すべきものだ。だから、ユニット折り紙における折りは、第一に造形の手段であるべきだ。折りがユニットを固定できるかどうかは、それに比べれば重要ではない。紙を折ることではじめて可能な造形があって、それがたまたま同じユニットを組み合わせて作るときに、ユニット折り紙と呼ばれるのである。したがって、糊を使わなければ固定できないユニット折り紙というものもあってよい。

例えば、Richard SweeneyIcosahedronDodecahedron は、おそらく糊を使っていると思うが、それでもやはり素晴らしいユニット折り紙だと思う。

コメントを書くには JavaScript が必要です。