blog.鶯梭庵

二〇〇五年 長月 三日 土曜日

折り紙とマジック・その3

その2から続く。

吉村によれば、マジックは技術や論理トリックを用いながら、不可能を可能にみせる高度な心理ショーだ。すばらしいマジシャンは、手の動きやしゃべりが自然なので、観客はタネの存在に気がつかない。目の前で起きた現象が不可能なはずだと感じられる。不可能なはずのことが実際に起きるので、驚くわけだ。一方、下手なマジシャンは、どこかでぎこちない動きをするので、タネの内容は分からないにせよ、何か変なことをやっているということが分かってしまう。そうすると、目の前で起きている現象も不可能なことではないと思えてしまう。

では、折り紙は何をみせようとしているのか。うまい折り手と下手な折り手の差は何か。

折り紙にも「驚かせる」という要素がある。つまり、「1枚の紙からはさみを使わずにこんな複雑なものが作れるとは信じられない」と驚かせることがある。しかし、その驚きは、決してマジックを超えることがない。というのも、不可能なはずの現象といったところで、はさみを使えば可能であることは明らかであり、はさみを使うというのは珍しいことでもないし、難しいことでもないからだ。一方、マジックの場合、マジシャンが超能力者でもない限り、どのようにして不可能が可能になるのか分からない。そして、超能力者というのは、この世に存在しないのだ。

それならば、折り紙で、人を驚かせるのを目標にするのは、やめた方がよい。折り紙での驚きはマジックの驚きにかなわないのだし、マジックの驚きにしたところで、その1で述べたように、マジックの神髄というわけでもない。人を驚かせるのがうまい折り手だと考えると、折り紙が取るに足らないものになってしまう。

折り紙は、人を感心させるのではなく、人を感動させることを目指さなければならない。

コメント (2件)

最近、池上さんのケプラーの星にマジックの驚きに近い驚きを感じました。「はさみを使っていない」、「表裏同等折り」という情報が例え自分では確認できなくても、前提知識さえあればマジックと同じようなことが起き得るのだと感じました。


私はそもそも、「人を驚かせるのを目的とした折紙作品」というのを見たことがないのですが、そういう方向性もありではないかと感じています。ハイパーカードというペーパークラフトの分野があるように折紙でも不思議な作品ができると非常に楽しめそうです。

タトさん、コメントありがとうございます。

「人を驚かせるのを目的とした折紙作品」というのは、確かに多くないかもしれませんが、「結果的に人が驚くだけで、それで終わってしまう作品」は多いのではないでしょうか。そして、見る人の観点から言えば、どちらも同じことです。

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