二〇〇五年 卯月 三日 日曜日
折り紙作品使用のガイドライン(ベータ版)
仮折生活の著作権関連の記事に触発されて、「創作された折り紙作品が著作物だったら」という前提で著作権法を読んでみたら、驚くほどきれいに整理できてしまった。私自身まだまだ勉強不足なので、未完成としておきたいのだが、せっかくつくったので公開する。
2005年4月4日追記 このガイドラインは予告なく変更することがある。しばらくのあいだは毎日少しずつ変えるかもしれない。ご了承いただきたい。
仮折生活の著作権関連の記事に触発されて、「創作された折り紙作品が著作物だったら」という前提で著作権法を読んでみたら、驚くほどきれいに整理できてしまった。私自身まだまだ勉強不足なので、未完成としておきたいのだが、せっかくつくったので公開する。
2005年4月4日追記 このガイドラインは予告なく変更することがある。しばらくのあいだは毎日少しずつ変えるかもしれない。ご了承いただきたい。
コメント (4件)
タトさんのコメント:
毎回同じ事を言って申し訳ないのですが、
>創作された折り紙作品(折り紙の折り方)は、創作者の著作物である。
というときの「折り方」というのは
>折り方を友人に教えてもいいですか。
における「折り方」と同じものなのでしょうか?
だとしたらこれは「折り紙作品の著作権」から導かれる結論ではなく、「折り方の著作権」から導かれる結論で、そこには差異があると思います。
僕は、(一次的な)創作物は折紙作品の完成形であって、「折り方」はその二次的なものだと思っていますから、「折り方」が著作物であろうと無かろうと折り図などは著作権保護されると思っています。そして「完成形」から導かれる結論なくしては「折り方」から導かれる結論は意味を持たないと思っています。
羽鳥さんが敢えて折り紙作品の完成形を無視するのには理由があるのでしょうか?(「完成形は折り方の二次的な著作物である」とか…)
羽鳥さんのコメント:
タトさんのいう「完成形」とは、なんのことでしょうか。
「実際に折られた紙」のことであれば、それを一次的な著作物にしようとすれば、創作者と制作者の権利関係が分からなくなってしまいます。
一般的に「折り紙作品」といわれているもの(「折り鶴」とか、前川さんの「悪魔」とか)のことをいっているのであれば、それは私のいう「折り方」と同じです。
折り紙作品というのが、必ずしも出来上がりの形だけでなく、幾何学的構造や折り工程も含めて作品だという感覚は、多くの人が持っているものだと思います。完成形に限定する方が、折り紙の折り紙らしさを損なうのではないですか。
タトさんのコメント:
「幾何学的構造」をもって「完成形」と呼んでいます。
ここに「折り工程」を含んではいけないのではないかと考えます。というのも、例えば「悪魔」という作品はどのような折り工程で折ったかによらず「完成形」が同じであれば「悪魔」として同一の作品として扱われるからです。僕が「完成形」に限定するのはこういう理由です。
例えるとこんな感じです。
「幾何学的構造」 : 「キャラクターデザイン」
「実際に折られた紙」: 「キャラクターを描いた絵」
「折り工程」 : 「キャラクターの描き方」
「折り図」 : 「キャラクターの絵描き歌(解説絵つき)」
羽鳥さんのコメント:
タトさん、回答ありがとうございます。
それならば、タトさんのいう「完成形」と、私のいう「折り方」は同じものと考えてください。「折り方」というのはあくまで便宜的な言い方で、意味としては「創作された作品」ということです。
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