二〇〇五年 睦月 九日 日曜日
折り紙にとって、幾何学とは何か
折紙学会事務局長の山口さんが、テレビ番組の制作会社から電話で問い合わせをうけたときに、「折り紙ってイクナニ学的ですよね」といわれて、なんのことだか分からなかったそうだ。こういう人が番組を作っても、ろくなことにはならないのだが、まぁそれは置いておいて、折り紙が幾何学的であることは確かだ。では、折り紙にとって、幾何学とは何なのだろうか。
以前、別の場所で、折り紙にとって幾何学は骨格だと書いたことがある。脊椎動物にとって、骨格はなくてはならないが、さりとて骨格だけでは生きてゆけない。一方、骨格なしに立派に生きている生物もいる。それと同じように、ある種の折り紙については、幾何学はなくてはならないが、幾何学だけで作品ができるわけではないし、幾何学なしに成り立っている折り紙作品もある。
幾何学が骨格ならば、肉に当たる部分が、紙という素材であり、折るという技法である。幾何学は、抽象的な平面を折ることができるが、紙を折ることはできない。しかるに、折り紙とは、紙を折ることである。だから、幾何学だけでは折り紙はできないのだ。幾何学における折り目は直線に過ぎないが、折り紙における折り目はドラマでなければならない。
折り紙的な幾何学というのもある。任意の角の3等分が折り紙でできるとかいうたぐいだ。これはこれで面白い。この分野では、不肖私も、「折り紙公理」の最後の1つを見つけた人物ということになっている。昨年9月から、MIT でも折り紙幾何学の講座が開かれており、弱冠 22才で MIT の助教授になった天才、Erik Demaine が教えている。
話は変わって、中世ヨーロッパの大学で教えられていた自由7科は、文法・論理・修辞・算術・幾何・音楽・天文の7つである。これは、日本式にいえば、読み・書き・算盤にあたる。音楽と天文が算盤に含まれているのは、音楽における音同士の関係や、天文における天体同士の関係が数学的であるからにほかならない。つまり、音楽の根底に幾何学があることが知られていて、それが教えられていたのだ。
絵画の根底にも幾何学がある。通俗的には、黄金比が云々という具合に語られることが多いが、名画といわれる絵画を幾何学的に分析してみると、実に面白い。
そう考えてみると、折り紙だけが幾何学的なのではなくて、音楽や絵画や、芸術一般が幾何学的なのだろう。芸術一般にとって、幾何学は骨格なのだ。音楽や絵画は、幾何学の骨格の上に、豊かな肉付けがなされているので、立派な芸術だと見なされている。折り紙が立派な芸術だと思ってもらえないのは、肉付けが足りないせいではないだろうか。

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