blog.鶯梭庵

二〇〇六年 皐月 九日 火曜日

折り紙ビールラベル

origami-l で Marta Figueroa さんが紹介していた。

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二〇〇六年 皐月 六日 土曜日

David Huffman の折り紙

今週の折紙探偵団関西コンベンションで、ロバート・ラングさんが David A. Huffman の折り紙を紹介していた。ラングさんは最近 Huffman の折り紙ノートを調査しているそうで、講演の中でも取り上げていたほか、Huffman の創作法に基づく作品を展示していた。

Huffman の専門はコンピュータ科学で、彼の作った Huffman code は、その世界で知らない人はいない。彼の折り紙も特筆すべきものであるが、こちらの方は、折り紙界にあまり知られていないかもしれない。そこで、作品の写真があるサイトにリンクを張ろうと思ったら、サイトが引っ越し中だそうだ。私が George Washington 大学に在学中、美術館学の授業で折り紙展のプランを作成したときに使った写真を掲載しておく。

David Huffman の折り紙

彼の作品には、折り目が直線のものもあるが、私が知っているものについて言う限り、正直言ってあまり面白くない。しかし、曲線で折っているものは優れている。私も曲線折りは少し試したことがあるが、ランダムな曲線で折っても、きれいな曲面はなかなかできない。ところが、Huffman の曲線は数学的に決定されているから、折ったときに自然な曲面ができる。

曲線折りは今後さらに追求するべき分野だと思うが、そのときには、Huffman の作品が基準点となるだろう。

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二〇〇六年 皐月 一日 月曜日

Imagiro 入会

Imagiro という、折り紙の APA(amateur press alliance)がある。APA というのは、日本に該当するものがないが、同人誌に近いものといえばよいか。メンバー全員が記事を寄せ合い、小冊子を作り、メンバーに配布する。購読するには会費を払ってメンバーにならなければならず、メンバーになれば記事を書かなければならない。

Imagiro は歴史ある APA で、私も以前から興味を持っていたが、2か月ごとに英語で記事を書くというのは荷が重すぎると思っていた。ところが昨年から、ラビ・アプテさんが Imagiro に入らないかと誘うようになった。初め、ザルツブルグの展覧会の前に勧誘があり、忙しいからと断った。すると、ザルツブルグの展覧会が終わった後に、もう1度誘われた。そのときは、銀座で展示をするから忙しいといって断った。すると先週、また誘われた。錚々たるメンバーの末席に名を連ねるというのは名誉なことであるし、3度誘われたものを断るわけにもゆかないので、入会することにした。

早速、次回原稿の締め切りは 5月12日だそうだ。

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二〇〇六年 卯月 廿四日 月曜日

ユニット折り紙で糊を使うことについて

ユニット折り紙のユニットには、必ずと言っていいほど、ポケットと継ぎ手があって、継ぎ手をポケットにさし込むだけで、糊を使わずに組めるようになっている。折り紙一般について、はさみを使うことが好ましくないと考えられているように、ユニット折り紙では、糊を使うことは好ましくないと考えられているようだ。

糊を使わずにユニット同士を固定しようとすれば、摩擦力によって固定することになる。しかし、紙と紙を重ねただけでは、十分な摩擦力は生じない。ユニット折り紙が糊を使わずに形を保てるのは、紙が折られているからにほかならない。ユニット折り紙では、十分な摩擦力が得られるように紙を折る。つまり、紙を組むために折るということになる。

しかし、それだけでは、折りが手段にとどまっている。しっかり組めるユニットができたとして、それを組んで何かを作ったとしても、造形の主な手段が組みであって、折りはユニット同士を固定するという副次的な効果しか持たないとすれば、ユニット同士を糊付けしても、結局同じことではないか。造形の主な手段は相変わらず組みであって、ユニット同士を固定する手段として糊を副次的に使うわけだ。ユニット折り紙における折りが、糊と置き換えることができるようなものであって、造形の主眼が組みにあるのであれば、組みの手段が折りであろうと糊であろうと、どちらでもかまわない。その場合、糊を使わずに折るだけで組めるというのは、折り紙の中から見れば大事なことのように思えるかもしれないが、折り紙の外から見れば、単なる自己満足でしかない。折ることに必然性がなければ、折る意味はない。

吉澤章は、折り紙読本 Iの中で、貼り合わせたり組み合わせたりしてからはじめて個性の出るものは、複合形にはちがいないが折り紙とはいいがたいので、そういうものはモザイクであり、単なる紙細工ではないかと思います。と言っている。私もそれに賛成する。ユニット折り紙が、糊を使わず、折りだけで組めるとしても、それは折り紙であるための十分条件にはならない。

では、ユニット折り紙が折り紙であるためには、何が必要なのか。そもそも折り紙とは、はさみや糊を使ってもよいが、折らなければできない形、はさみと糊だけでは作れない形を目指すべきものだ。だから、ユニット折り紙における折りは、第一に造形の手段であるべきだ。折りがユニットを固定できるかどうかは、それに比べれば重要ではない。紙を折ることではじめて可能な造形があって、それがたまたま同じユニットを組み合わせて作るときに、ユニット折り紙と呼ばれるのである。したがって、糊を使わなければ固定できないユニット折り紙というものもあってよい。

例えば、Richard SweeneyIcosahedronDodecahedron は、おそらく糊を使っていると思うが、それでもやはり素晴らしいユニット折り紙だと思う。

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二〇〇六年 卯月 廿日 木曜日

鯨を折って捕鯨反対

米国の環境保護団体 Greenpeace USA は、日本の調査捕鯨に協力している米国の企業 Gorton'sニッスイの子会社)に対し、捕鯨反対キャンペーンを実施していたのだが、その一環として、折り紙で鯨を折って Gordon's に送るという活動を呼びかけていた。実際に多くの人がこの活動に参加したようで、Gorton's は捕鯨を止めることにしたそうだ。

私個人は捕鯨賛成派なので、折り紙がこのような目的に使われたというのは残念(?)なのだが、折り紙の使い方としては、よいアイディアだと思う。米国人にとって(大人の日本人にとっても同様だが)、折り紙は、非日常のものでありながら、誰でも手軽にできるので、多くの人の興味を引くことができる。

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