blog.鶯梭庵

二〇〇六年 卯月 十九日 水曜日

TreeMaker 5.0.1 リリース

ロバート・ラングさんの折り紙設計ソフト TreeMaker の Mac 版が Universal バイナリ になった。

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二〇〇六年 卯月 十七日 月曜日

トム・ハルさんの新刊

トム・ハルさんの新刊 Project OrigamiA.K. Peters から出ていた。

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二〇〇六年 卯月 一日 土曜日

折り紙の起源

先頃発足した韓国折紙学会の Park Seung-Yeop、Lee Chan-Ho らの調査によると、13世紀末に書かれたとされる三国遺事に、高麗王朝前半(10世紀から12世紀)の貴族のあいだで実践されていた礼法が記録されており、その中に、正方形の紙の四隅を中心に合わせて折るというものや、各辺を対角線に合わせて折るものが含まれていると言う。前者は座布団折りに違いないし、後者はおそらく日本の桔梗甲立と同じ形、つまり鶴の基本形だと思われる。

このような折り紙は、光宗の代(949-975)に整えられたようだが、1170年の武臣の乱とそれに続く武人政権、および13世紀から14世紀にかけての元による支配のあいだに、朝鮮半島からは完全に失われたと考えられている。

12世紀初めには、庶民のあいだで、これらの折り紙から様々な鳥の形を折ることが流行したそうだ。この鳥というのが、座布団折りから作るものなのか、鶴の基本形から作るものなのかは分からないが、前者とすればパハリータに似たものであろうし、後者とすれば折り鶴に似たものであろう。あるいはその両方ということもありうる。

12世紀初めといえば、日本に折り鶴があった証拠はないし、ヨーロッパにパハリータがあった証拠もない。高麗の首都開京(今の開城)は、中国や日本はもちろんアラビアからも商人が頻繁に訪れる国際貿易都市であったから、12世紀ないし14世紀に朝鮮半島で折り紙の伝統が途絶える前に、折り鶴が日本に伝わり、パハリータがアラビア経由でヨーロッパに伝わり、その後両地域で折り紙が独立して発展したということが考えられる。

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2006年4月2日追記 この記事の賞味期限は昨日までです。

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二〇〇六年 弥生 卅日 木曜日

シュマコフ夫妻カナダへ

ユーリ・シュマコフとカトリーン・シュマコフ夫妻は、カナダへ移住する手続きを進めていたが、夫妻を支援していたレイチェル・カッツさんが origami-l で伝えたところによると、彼らの移民ビザが承認され、4月の中旬にはトロントに移住する予定だそう。

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二〇〇六年 弥生 十九日 日曜日

Pli selon pli

私の折り紙サイト K's Origami日本語版)を、10か月ぶり(!)に更新した。写真の縦横比が変わっているのは、カメラを替えたから。やっと Sigma SD10 でちゃんとした写真が撮れるようになった。

今回、車襞折りという項目を追加した。このページの2点は、今年1月21日に銀座の Tanglewood でおこなったPli selon pliの表題作。(雪の中を見に来てくださった方々には、本当に感謝します。)なお、この題名は、ピエール・ブーレーズが作曲した同名の曲から拝借した。もともとはマラルメの詩の一節だ。

実は、両作品とも、紙の素材も同じ、紙の大きさも同じ、折り方も全く同じだが、厚さと色だけが違う。Nº 1 は中様鳥の子、Nº 2 は雁皮の薄様を藤色に染めてある。それだけで、完成形がこれだけ変わる。折り紙は、こういうところが面白いと思う。

与えられた形を不切正方形一枚で折るというのは、数学パズルとしては面白いし、私も数学パズルは好きだが、折り紙はもっと面白いものだと思う。折り紙は紙を折るものだ。紙は植物の繊維からできている。繊維と繊維を結びつけているのは、水分子の水素結合だ。だから、吉澤章は、折る前に紙の中の水に向かって手を合わせた。これが本当の折り紙だと思う。

パウル・クレーの芸術とは目に見えるものを描くことではなく、目に見えるようにすることだという言葉を借りるなら、折り紙とは、目に見えるものを折ることではなく、目に見えるようにすることだ。

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