blog.鶯梭庵

二〇〇八年 皐月 三日 土曜日

折り紙の自由度と悩み [/origami]

小松英夫さんのエントリ「なぜ蛇腹人物か」と「折り紙造形について」を興味深く読んだ。

私の考えは、コメントを寄せている S.N. さんに近い。自由な曲線が欲しければ、切ればいいじゃないか、と思う。切ったところで、完全に自由になるわけでもないのだが(あまり細いところがあると、ちぎれてしまう)、ほかの造形手法と比べて特別不自由ということはなくなる。

切るというのは極端だとしても、私が思うに、「折り紙的な造形」は不自由かもしれないが、「折り紙の造形」は決して不自由ではない。「折り紙的」であるためには、パズルとしての面白さや折り心地などといった、造形とは直接かかわらない要素が必要で、それらと造形とを両立させようとすれば「悩み」が生じるが、その悩みはすべての折り紙に必要なものではない。

小松さんは「折り紙的」であることを重視しているわけだが、それは紙を折る人の方を向いているからだと思う。だから、普通の人にとってはそれほど価値はないと思っている造形を、かっこいいと思うことができるのだろう。それはそれで1つの方向だが、ポール・ジャクソンやジャン=クロード・コレイアの作品は、まったく別の方向を向いている。彼らの作品には、小松さんのいうような悩みはない。

別の方向を向いたとき、折り紙の造形は、ほかの造形手法と同等の自由度を持つ。絵画にしても、現実の世界が3次元であるのに対し、絵画は2次元だから、次元が丸々1つ欠落しているわけだ。しかし絵画は、北宋の山水画や印象派以降の西洋絵画に見られるように、その欠落を逆手にとって、絵画にしかできない造形を生み出してきた。

同じように、折り紙に存在する欠落を不自由さと見ず、むしろ可能性と見た場合、本当に造形を目的として折り紙を選ぶということが意味を持つ。もっとも、それはそれで新たな悩みを生むのだけれど。

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