blog.鶯梭庵

二〇〇七年 師走 一日 土曜日

自然数と実数と p進数 [/links]

加藤文元著『数学する精神』を読んで、p 進数というものがあることを知った。自然数を数字で表記すると有限の桁で表すことができるが、実数は小数点以下が無限桁になることがある。一方 p 進数では小数点以上が無限桁になることがある。そして、たとえば 10進数では(10 は素数ではないので良い例ではないのだが)...999 = -1 という等式が成り立つ。

この式を見れば、1 = 0.999... という等式が思い起こされる。これについては以前の記事「自然数と実数」でも触れたことがある。そこでは、左辺の 1 が自然数だとすればこの等式は成り立たないが、実数だとすればこの等式は成り立つと述べた。成り立つとは言え、やはり気持ちが悪い式である。その気持ちの悪さは、加藤によれば、実数が「自然界からいったん離れた『モデル』」であるからだ。

数学の記号は、数や量を表すものであると同時に、人間が作り意味を与えたものでもある。人間が数字を作った以上、数学はゲームであり、自然数を扱う場合と実数を扱う場合とでは異なるゲームをしているのである。ゲームが異なればルールが異なるのも当然だ。だから、同じ等式が成り立ったり成り立たなかったりする。

数学がゲームであるとすれば、論理的には任意のゲームが可能だ。しかし、数学がある1つの体系をとるのは、それが内的整合性を秘めているから、つまり美しいからである。美しい体系は、その美しさゆえに、「影」を持つ。人間が作ったものでありながら、当の人間には見えない「闇」の部分を持っている。1 = 0.999... や ...999 = -1 という等式は、そのような影が表に現れたものである。

加藤は数学を芸術にたとえているが、それはまったく正当なことのように思う。数学も芸術も、人間が作るものであると同時に、すでに「ある」ものを表に出すものである。これは単なる自然の描写ではない。人間が作った体系の、その体系自身が生み出した影を、明るみに出すものが、数学であり芸術である。

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羽鳥 公士郎