二〇〇六年 睦月 十六日 月曜日■ ジル・ドゥルーズと南堂久史 [/links]今、小泉義之著『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)を読んでいる。 今日、別の調べ物をしていたら、たまたま南堂久史のサイトを見つけ、興味深く読み始めた。 そして思った。ドゥルーズと南堂は、同じことを考えているのではないだろうか。量子力学の「南堂解釈」における「『波』の世界」は、ドゥルーズのいう微分的な「差異を生産する場」に相当するかもしれない。また、南堂の区体論では、自然数と実数とは異なる数学空間に属することになるが、ドゥルーズもまた、自然数と実数と(数値解と微分方程式と、といってもいいかもしれない)のあいだには断絶があると主張する。 私はドゥルーズをちゃんと読んだことがないし、南堂も読み始めたばかりなので、ひょっとしたら全く間違っているかもしれないが、私の勘では、両者は同じ方向を向いていると思う。 2006年1月19日追記 南堂の区体論を検討している。集合を扱うのにツリーが適当だとすれば、区体を扱うにはリゾームが適当だろう。その点では、南堂とドゥルーズに対称関係がある。しかし、区体空間は閉じているため、差異が生まれる余地がない。南堂は、公理的集合論は「どこか別の宇宙のための理論であって、われわれのいる宇宙のための理論ではない」と書いているが、ドゥルーズならば、区体論は私たちが住んでいる世界とは別の世界についての理論だと言うだろう。 |
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